2003年1月26日

ハワイ自主トレから帰国 自身初4番フル出場へ

ダイエー 主砲小久保が自身初の「4番フル試合出場」を狙う。この日、約2週間のハワイ自主トレから帰国。97年に全試合出場を果たしているが「全試合4番で出場したことはない。できることに越したことはない」と話した。ハワイ自主トレでは、連日7時間のハードメニューをこなし、下半身強化に取り組んできた。「キャンプでバットを振り込む準備はできています」。日焼けした顔に充実感を漂わせていた。

2003年3月7日

今季絶望・・ホーム激突で右ひざ重傷

王ダイエーに衝撃が走った。小久保裕紀内野手(31)が6日、西武とのオープン戦(福岡ドーム)で本塁突入した際に右ひざを負傷。最悪で今季絶望の重傷を負った。福岡市内の病院でMRI検査を受け「右ひざ前十字じん帯損傷」などと診断され全治3カ月。1週間後の再検査次第で、手術に踏み切った場合は、全治6カ月で今季絶望の難しい状態となった。V奪回を狙うチームが、主砲抜きの厳しい布陣で03年シーズンに臨むことになった。

 ホームベース付近で倒れ込み、苦痛にゆがめた表情が、小久保の重傷を物語っていた。福岡市内の病院でMRI検査を受けた結果、右ひざに関する診断は「内側じん帯損傷」「前十字じん帯損傷」「けい骨、大たい骨骨ざ傷」「外側半月板損傷」だった。
 右ひざのはれがひどく、負傷箇所の損傷程度が明確に確認できなかった。今日7日に医師の全治に関する診断が出るが、丸尾チーフトレーナーは「個人的な見解」と前置きした上で、今季絶望の可能性さえ示唆した。「開幕はしんどいでしょう。(一般的には)手術しなければ(全治)3カ月くらい考えておかないといけない。手術した場合は(全治)半年くらいですか」。あまりにも大きなアクシデントだった。

 4回裏、一塁走者の小久保は、5番松中の左中間フェンス直撃の一打で一気に本塁に突入した。捕手椎木のブロックをかいくぐり右足をホームベースに伸ばした時、椎木の体重が小久保の右ひざにかかった。小久保は担架で球場内の医務室へ、その後、福岡市内の病院に救急車で搬送され、再検査の1週間後までは安静を義務付けられた。

 仮に前十字じん帯の損傷がひどければ、シーズン前半戦の出場が極めて厳しくなったばかりか、今季中の復帰さえも難しい。主砲の思わぬ離脱に王監督も「一刻も早く回復して欲しい」と沈痛な面持ち。実はこの日、主力選手は休養日に充てられたが小久保は「パの投手を見ておきたい」と、今季初めて同一リーグとの対戦に先発出場を志願。図らずも、責任感の強さが災いした結果となってしまった。

 ◆小久保の過去の負傷 98年6月21日の近鉄戦(福岡ドーム)で右肩を痛め、同27日に出場選手登録抹消。同年9月8日に福岡県内の病院で内視鏡手術を受け、3週間の入院後、10月8日からリハビリを開始した。翌99年3月5日のオリックスとのオープン戦で、4番指名打者で257日ぶりに復帰し、3打数2安打2打点をマークした。

2003年3月9日

福岡ドームで王監督に経過報告

前十字じん帯損傷など右ひざに重傷を負ったダイエー小久保裕紀内野手(31)が8日、故障後初めて福岡ドームを訪れ、経過報告などを行った。阪神戦の前に松葉づえ姿で球場入りし、王監督と話し合った。「王監督から、場所が場所だけに、あとが残らないように完全に治してくれと言われました」。手術に踏み切るかについては「それも選択肢の1つ。今は何も言えませんので、はっきりすればお伝えします」とだけ話した。試合開始前に自宅に戻り静養につとめた。

 ロッカー室ではナインに声をかけた。負傷退場後に2番手で好投した寺原に「何だ、オレがケガしていなくなった方がいいピッチングをするじゃないか」と冗談を飛ばし、明るく振る舞った。「これからは(右足を)少しでも動かしながらトレーニングしていくしかない」と復帰に向けて自らを奮い立たせていた。

2003年3月20日

米国で右ひざ診断 じん帯断裂で今季絶望

右ひざに重傷を負い、検査と治療のため渡米中のダイエー小久保裕紀内野手(31)の今季中の復帰が絶望となった。19日(現地時間18日)、米ロサンゼルス市内の病院でMRI(磁気共鳴診断装置)検査を受けた結果、右ひざの「内側側副じん帯断裂」「前十字じん帯断裂」「大たい骨挫傷」で全治6カ月と診断された。これまで「損傷」と思われていた2カ所のじん帯が「断裂」していたことが分かり、手術を受けることも決まった。

 まだ患部の腫れが残っているため、手術は7〜10日後に行われる予定。小久保は球団広報を通じて「1日でも早く復帰できるように治療に専念したい」とコメントしたが今シーズンの復帰は絶望的。手術後は米国フロリダ州タンパで2カ月間のリハビリを行い、帰国は5月下旬となる予定。

 主砲の長期離脱が確実となり王監督も険しい表情を浮かべた。「全治6カ月ということはシーズンは…。米国で治療をして8月くらいに戻ってくれればと思っていたが、(今季中の復帰は)厳しいだろう」。3年ぶりのV奪回を狙うダイエーだが、主砲不在のままシーズンを乗り切らねばならなくなった。

2003年4月27日

右ひざ手術成功 王監督も一安心

右ひざを負傷し米国で治療、リハビリ中のダイエー小久保裕紀内野手(31)が26日(現地時間25日)、ロサンゼルス市内の病院で右ヒザ前十字じん帯の再腱手術を行った。入院はせず、1週間から10日間は滞在している同市内のホテルで療養し、抜糸を行う予定。小久保は「ひとまず(手術は)大成功ということでひと安心というところです。早く松葉づえが取れるようにリハビリを頑張ります」と話した。抜糸後はアリゾナ州テンピに移動して本格的なリハビリを開始する予定。報告を受けた王監督は「手術が成功に終わってよかったね。でも、リハビリが大事だから。いよいよこれからだね」とホッとした様子だった。

2003年6月12日

小久保が米国から帰国

米国で右ひざ前十字じん帯再腱(けん)手術を受け、リハビリを行ってきたダイエー小久保裕紀内野手(31)が11日、帰国した。約3カ月ぶりの帰国で100人近い報道陣に囲まれ「早く家族に会いたい」と安どの表情。今季中の復帰は絶望的で「日本シリーズは少ないけど(復帰できる)可能性はある。でも、それに合わせる(リハビリの)やり方はしない。けがはけが。余力がないと。治った後もそれ(後遺症)を抱えた選手を見てきた。この先(の野球人生)に影響しないようにしたい」と治療に専念する考えをみせた。

 4月下旬に米ロサンゼルスで手術。5月上旬からアリゾナ州テンピでリハビリに努めてきた。現在は歩行練習の段階で右ひざは140度曲がる程度。明日13日に福岡ドームを訪れ、王監督に経過報告を行った後、リハビリを再開。今後は福岡ドームや西戸崎室内練習場などでリハビリし、7月末に再渡米する予定。首位争いするナインに「日本シリーズに出てほしい」とエールを送っていた。

2003年7月28日

リハビリ治療のため再渡米

右ひざに重傷を負い、戦列を離れているダイエー小久保裕紀内野手(31)が27日、本格的なリハビリを行うため再渡米した。今後はアリゾナ州テンピでランニングを再開し、キャッチボール、ティー打撃などを取り入れたリハビリメニューも組まれている。9月中旬に帰国予定で「次に帰ってくるときはバットが振れる状態になっていたい」と話した。チームリーダーらしく、首位を走るチームの動向も気になる様子で「一丸となって頑張ってほしい。(9月中旬に)帰国したときは(優勝)マジックを減らしていることを期待しています」とエールを送っていた。

2003年9月23日

「胴上げ」参加だ!福岡ドームを往訪

右ひざのリハビリを終えて米国から帰国したダイエー小久保裕紀内野手(31)が、リーグ優勝した場合の胴上げに参加する可能性が高くなった。22日、全体練習が行われた福岡ドームを訪れチームメートと再会した。当初は福岡で優勝を見守る予定だったが、王監督が説得し、小久保も了承した。最短Vは25日東京ドームでの日本ハム戦。その後はヤフーBBでのオリックス2連戦と、敵地での優勝決定の可能性が高い。「どういう形になるかわかりませんが、とにかく優勝が決まる日はグラウンドにいます」と話した。今日23日から西戸崎合宿所(福岡市東区)でリハビリを再開。軽いランニングなどのメニューをこなす。

2003年10月14日

王監督の前で快音連発

右ひざに重傷を負いリハビリを続けるダイエー小久保裕紀内野手(32)が13日、王貞治監督(63)の前で初めてフリー打撃を行った。小久保は今月1日からマシン打撃に取り組むなど西戸崎室内練習場(福岡市東区)で単独練習に励んできた。この日はチーム練習も行われ、首脳陣の見守る中での打撃練習となった。右ひざに補助器具を付けながら50スイングして快音を連発。王監督は「打つ方は全然問題ない。(日本シリーズに出場可能な40人枠に入れるかどうかは)様子を見て決める。焦る必要はない」と代打要員として日本シリーズでの復帰の可能性も話した。ただ、小久保は走塁面で不安が残るため復帰に否定的。「試合では考えられない力で走らないといけないし、難しい。自信がない。40人枠入りを打診されたら? たぶん、お断りさせてもらう。戦力にならない」と話した。

そして・・電撃トレードへ・・