1998年1月13日
小久保裕紀、ヒデカズに懲役1年の有罪判決
プロ野球脱税事件に有罪判決が出された。ダイエー小久保裕紀(26)渡辺秀一(26)両被告の判決公判が12日、名古屋地裁(佐藤学裁判長)で行われ、小久保被告に懲役1年、執行猶予2年、罰金700万円(求刑懲役1年、罰金950万円)、渡辺被告に懲役1年、執行猶予2年、罰金550万円(同1年、罰金750万円)が言い渡された。また小久保の今季年俸は現行5000万円から倍増の1億円が見込まれている。
午前10時に開廷。佐藤裁判長の前に立った小久保、渡辺両被告の表情は、緊張でこわばっていた。
「判決を言い渡す。主文、小久保被告。懲役1年、罰金700万円……」。
所得税法違反の罪に問われた両被告に有罪判決が出た。執行猶予が付いたとはいえ、プロ野球脱税事件に対する司法の審判は厳しいものだった。神妙に聞き入る小久保被告らに、佐藤裁判長は険しい表情と口調で判決理由を続けた。
「フェアプレーとスポーツマンシップにのっとり国民の模範となるよう期待されているのにその期待を裏切り、多くのプロ野球愛好者、とりわけ少年少女の夢や希望を汚した」。
小久保被告は名古屋市内の経営コンサルタント坂本幸則被告(41=同罪で公判中)に1994年(平6)1月ごろ脱税工作を依頼。架空の顧問料を計上する方法で94年分の所得約1億5800万円のうち6000万円を隠し、約2800万円の所得税を免れた。渡辺被告も同様に94年分の所得税約2200万円を免れた。両被告は初公判で起訴事実を全面的に認めていた。また、ダイエー球団に控訴の意思はない。
佐藤裁判長は小久保被告が「紹介料」を受け取った件に触れて、「小久保被告は紹介料を受け取っており、これは強く非難されなければならない」とした。
しかし公判の最後には、裁判長は小久保、渡辺両被告の更生を願い、温かい言葉をかけた。「君たちは若いんです。再びグラウンドで活躍することを祈っています。頑張ってください」と両被告の更生を願い、再出発を激励した。
1998年2月10日
脱税事件球界処分発表 キャンプ宿舎で会見
ダイエー小久保が、復帰第1戦にすべてをかける。脱税によるコミッショナー処分が決まり、出場停止の解禁日が5月30日、日本ハム戦(東京ドーム)に決定。休日だったこの日、高知市内の宿舎で会見に臨んだ小久保は「技術的にも、精神的にも、堂々と一軍のゲームに戻れるようにしたい」と話した。
出場停止が44試合。91試合に出場可能となることで、規定打席到達の可能性もあるが「今は一軍でできるという喜びの方が強い」と謙虚に話した。王監督も処分を重く受け止め、「主砲の出場停止は痛いが、(小久保が)戻ってきた時に優勝争いをしていることが彼に対してできるただ一つのことだ」とチーム一丸の精神を強調した。懲役1年(執行猶予2年)の償いの気持ちを固めた小久保は、グラウンド復帰に全力を注ぐ。
1998年5月30日
今日脱税解禁 「4番は小久保の指定席」と王監督明言
脱税事件で開幕から8週間の出場停止処分を受けたダイエー小久保が、解禁となるきょう30日の日本ハム9回戦(東京ドーム)に「4番三塁」で復帰する。28日から試合前の練習に参加している小久保は29日午前、チームとともに福岡から東京へ空路移動した。
東京ドームでは打撃練習終了後に、ファンの声援にこたえて、三塁側カメラマン席に入り込み、ネット越しの即席サイン会を行った。二軍でもファンからサインを求められると、断ることなく全員に書いて渡した。「サイン? きょうまでは時間がありますから」と小久保。ファンの声援にプレーでこたえることができないだけに、せめてもの罪滅ぼしだった。4番で迎える“開幕戦”については「監督が決めることですから。僕は与えられたところで結果を出すだけです」と話すが、王監督は「4番は小久保の指定席」と明言。チームが、ファンが待ち焦がれた主砲が、ついに戻ってくる。
1998年5月31日
出場停止処分から復帰 おわびの2安打
初回2死一塁、打席に入る直前、ダイエー小久保はバックスタンド側とセンター方向へ深々と頭を下げた。左翼スタンドからは「小久保コール」が沸き起こり、日本ハムファンで埋め尽くされた右翼スタンドからも温かい拍手で迎え入れられた。「打席に入る前、たくさんの声援が聞こえて本当にうれしかった。ありがたいです」。チーム42試合目にして小久保が、ようやく今季初打席を迎えた。声援に後押しされるように、バットからは快音が発せられた。
カウント1―2からの4球目を左前安打。「大変、緊張しました。このヒットでホッとしました」。一塁ベース上で、やっと笑顔がはじけた。さらに、第3打席では二塁打をマーク。4番の存在感をいきなりアピールした。
脱税に関与して開幕から8週間の出場停止処分を受けた。2カ月のファーム暮らしでは、「自分には野球しかない」と、原点に戻り、日が落ちるまで練習に取り組んだ。ある二軍選手は「(小久保は)これまで独りよがりのところがあったけれど、周囲に対する接し方が変わってきた。人間的に大きくなりましたよ」と変ぼうぶりを語る。今月27日のファーム最終戦後も、石毛二軍監督に「休んでおけよ」と言われながら、外野をランニング。二軍選手の前で打撃フォームを披露するなど、手本となった小久保に、石毛二軍監督からは「ありがとう」の声がかけられたほどだった。
野球人生で再出発となったこの日の朝、長男直紀君(1)と電話で話した。「頑張ってくると言いました。ウーって言ってましたよ」。一歩一歩ではあるが、確かに、小久保は大きくなっている。
1998年9月9日
右肩関節唇断裂のため離脱中 福岡県内の病院で手術
右肩関節唇断裂のため、戦列を離れているダイエー小久保裕紀内野手(26)が福岡県内の病院で手術を受けた。手術は無事終了し、きょう9日から病院内でリハビリを行う。入院期間は1カ月の予定。
1998年12月16日
中断していた契約更改を再開 小久保裕紀1500万円減でサイン
スパイ疑惑で中断していたダイエーの契約交渉が15日、再開された。福岡市内の球団事務所で交渉に臨んだ小久保裕紀内野手(27)は1500万円ダウンの8000万円で更改した。わずか20分間の交渉でサインし、ファンの信頼回復に全力をかける決意を示した。
「暗い話題ばかりでファンの皆さんも心配されていると思う。僕もそうですが、ファンが次、また(球場に)来たい、という気になれるプレーをするしかない」。自身への反省も込め力強く話した。暗い話題の発端は、脱税事件だった。小久保は開幕から8週間の出場停止処分を受けていた。5月末に戦列復帰も、今季は右肩を痛め出場はわずかに17試合。グラウンド上の活躍での自身の名誉回復さえできなかった。
9月に手術を行った右肩も、現在は50メートルほどボールを投げられるまでに回復している。「交渉? きょうは何も話すことはありませんから。来年の話ばかりでした。開幕に万全で臨み、目標はフル出場です」。グラウンドからファンに明るい話題を提供することを誓っていた。