1995年10月7日
イチローの3冠阻止 「来期も4番」王
ダイエー小久保が、念願の本塁打キングを、その手に収めた。1日に28本で単独トップでフィニッシュし、待つこと5日間。6日、パ・リーグの公式戦全日程が終了、2位のオリックス・ニールに1差をつけ小久保のタイトルが決定した。球団としては、南海時代の1988年(昭和63)に門田博充が獲得して以来、7年ぶり、ダイエーでは初の快挙。プロ入り2年目、親友でもあるオリックス・イチローの3冠を阻止しての受賞だ。しかし、小久保の口からは謙虚な言葉しか出てこなかった。「これから新聞やテレビで自分の記事を見たりして、(本塁打王の)実感が湧いてくると思いますよ」。
それもそのはず。今年はセカンドの定位置を、FAで移籍してきた石毛との争い合うことから始まった。「シーズン前はスタメンで130試合に出場するのが目標でしたから、ホームラン王なんて夢のも思いませんでした」。と素直に胸の内を明かした。
後継者を見つけた王監督は「来年も4番は小久保」と絶大な信頼を寄せる。20本台でのキング獲得は、1961年(昭和36年)に南海の野村勝也(現ヤクルト監督)、阪急の中田昌宏が獲得して以来、34年ぶりのことだ。レベルが低いとはいえ、12球団で一番広い本拠地福岡ドームで9本塁打を放った。が、小久保は「来シーズンは3割30本をめざして頑張ります」ときっぱり。18年連続Bクラスの暗いチームに光明をもたらした若き主砲に、風格さえ漂ってきた。