1994年7月6日
ダイ接近3.5差ニューAK砲
ダイエーの”ニューAK砲”が、小倉で大暴れした。2回、ルーキー小久保裕紀(22=青学大)がプロ初アーチを放てば、主砲秋山も4回に13号3ラン。若武者と熟練戦士の活躍で、31試合ぶりの2ケタ10得点の快勝を生んだ。猛打ダイエーが復活した。
打った瞬間、小久保本人もガッツポーズするほど打球は鋭かった。「やっと出たという感じです。長かったですね」。プロ34試合、67打席目の1号ソロに小久保も息を弾ませた。「このところスタメンで使ってもらってましたけど、乗り切れないところがあった。このアーチを素直に喜んで、自分は調子がいいんだと言い聞かせてやっていきたい」。北九州今季4戦全勝。初のお立ち台で両手を高々とあげて小倉ファンにこたえた。
決して偶然ではなかった。開幕してから小久保はゲームに出なくても、対戦相手投手の特徴をこまめに記録し、データを頭に入れていた。「園川さんは変化球が多いから、その辺りを狙ってました」。打ったのはスライダー。自分のバックに常に忍ばしている”小久保メモ”の効果がようやく花開いた。
小久保のアーチに刺激されて、アーチスト秋山も血が騒いだ。「打ったのはシュート。コンパクトに打てたよ」。左翼スタンド上段へ突き刺さる13号特大アーチに、「すごかったね」と、秋山本人も珍しく自画自賛した。
高知キャンプで、あまりに練習熱心な小久保に、アドバイスをした。「たまには遊ぶことも大事だ」と。自ら1、2歩前に進んでマシン打撃をすることを勧めた。小久保は、「初めて話してくれて感激しました」と、一生の思い出にしているほど。その二人がアベック騨でチームを引っ張った。
西武が負け、ゲーム差は3.5。射程圏内に入った。「とにかく自分達のペースで勝てたのは大きい」と、根本監督も鼻息を荒くした。故障者が絶えない苦しい状況だったが、小久保は力強くこう言った。「西武追撃のために僕も戦力になっていきます」。ダイエーに新たなヒーローが生まれた。